cave
布団に横たわった、眠りから抜け出たばかりの、おぼろげに開きつつある眼は、
東側にある障子とその奥にあるカーテンのさらにその先の、山の後ろに隠れた、太陽から滲み出た薄明るい光を感知する。
未だ寝ぼけたまま立ち上がり、まず向かう先はトイレだろうか、洗面所だろうか、それとも湯でも沸かしに台所か。
冷たい廊下を歩くためにおいてあったのに、履き忘れたスリッパー
昨晩飲んだほうじ茶のティーポット
夏の汗と泥が染み付いた麦わら帽子
その日の第一目的地への途上で目にするのは、家という日常空間にたたずみきった身の周りの物たち。
しかし、未だ半覚醒状態の眼が捉えた、朝陽の中で次第に立ち上がってくるその姿は、日頃見慣れたはずのそれとはどこかかけ離れた、むしろ言葉も物の名前も知らない、記憶すらもまだ備えていない、みなかつてはそうだった、赤子が眼にするようなそれだ。
そのどこか原初的な感覚が消えないように息を潜め、あくまでそっとカメラを三脚に立て、かつて洞窟に住んでいた人類が、
かすかに差し込む朝の光を頼りに身の周りの道具を手探りで探した朝をうっすらと夢想しながらシャッターを切れば、
そのぶっきらぼうな音と共に覚醒が訪れ、それと同時に目の前の物は光と共にイメージとなり、フィルムに収められるだろう。
人間が光と闇を日々行き来するように、カメラや暗室という闇に包まれた空間の中で幾度か光に出合うことで
やがて生まれる写真。その写真から発せられるかすかな囁きほどの燐光のような何かが、今日この一室で、
それを眼の前にした人間の、こころという洞穴の壁に何かしらの像を結ぶとすれば、それは一体どんな姿だろうか?