波長を合わせる
友人の誘いもあり鎌倉のギャラリーレストランで2週間の作品展示を行うことになった。比較的期間の長い展示だったが、値段が手頃で無料駐車場付きの民泊施設をネットで見つけられたので、思い切って会期中は鎌倉にずっと滞在することにした。宿泊地は稲村ヶ崎からほど近い山手にある古い民家。海までは歩いて行ける距離にあった。車で運んできた作品の搬入を済ませると早速自転車を借り土地勘をつかむためあたりを走る。海沿いを走りながら見える景色と地名をつなぎながら、新たに自分を取り囲むものにマーキングをしていく。もちろん周辺のサーフポイントの確認も怠らない。
翌朝、車に積んできたサーフボード を持って歩いて稲村ヶ崎へ向かう。少し冷たいがまだまだ暖かい海に浮かびながら昨日見た海岸線を今度は海から眺める。両手を広げたような長い海岸線に打ち寄せる波、西側に目をやると七里ヶ浜の向こうに朝の霞に浮かぶ富士山が見える。なんと美しいのだろう。1時間ほど経った頃にはリーフに跳ね返って生まれるこのポイント独特の波の感触にも慣れ始め、それに体を合わせながら波乗りを楽しんだ。
滞在2日目から少しづつ生活にリズムが生まれていった。朝起きて稲村ヶ崎へ向かい波乗りをし、家に戻ってからキッチンで長野から持ってきた新米を炊き、庭になっているみかんを木からもいで朝ごはんを済ませる。暖かい日が入り込む縁側で寝転びながら本を読み、少し昼寝をしたら自転車でスーパーに行き鎌倉名産のしらすなどを買ってからギャラリーへ向かい、展示を見にきてくれた人たちと話などしながら夜は酒を呑む。新たな土地で一つづつ自分の好きな場所、好きな波、景色、仲間を見つけ、それらをつなぎ、取り囲むものに少しづつ波長を合わせながら環境というものは作られていった。
1週間ほどして天気は一変した。強風の日が2日続いたあと、海は荒れ、寒くなり、波乗りからは遠ざかった。その風の後、滞在最後の5日間、波はほぼなくなってしまった。自転車でスーパーに向かいながら、ここで過ごす時間が少しづつ日常になっていることに気づく。手持ち無沙汰でぼーっと眺めてたSNSで地元の友人が長野の雪の様子を写真を報告している。海は眠るように穏やかだ。
この寒さで長野の暗室は果たして無事だろうか?
そろそろ帰ろうかな。
(2021. 12.7)